千鹿谷鉱泉
奥秩父の山々に抱かれ、谷沿いに深く入り込むと、ぽっつんと一軒の農家風な宿があります。見るからに、あちこちが疲れている宿です。
源泉は素晴らしく良質で、日帰り入浴として人気があり、首都圏の多くの常連の人たちに、親しまれております。
効能は、皮膚疾患、リウマチ、胃腸、などに効く、と古くより伝えられております。また最近では、森林浴と合わせて、病中病後の心身の療養に、訪れる人が増えております。
千鹿谷鉱泉の歴史
永禄12年巳歳(1569年)7月、日尾城主、諏訪部遠江守定勝の隠し湯として開かれ、寛政10年戌歳(1798年)6月、岩鼻代官所、榊原小兵衛によって官許される。(千鹿谷鉱泉温泉運上帳より)
明治17年(1884年)9月27日、秩父困民党、千鹿谷鉱泉会議の場所。このとき、井上伝蔵、大野福次郎、高岸善吉、落合寅市・等が出席し、その席上、井上伝蔵が大野福次郎に自由党入党をすすめ、入党記念として、「濁りなき、御代にあれど、今年より、八年後は、いとと寿むべし」の歌を贈る。(小池喜孝署、秩父嵐より)